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OB/OG神大の卒業生

理学部 化学科/神奈川県出身

神崎 愛美さん

本当にやりたいことを見つめ直したとき浮かんできたもの

子どもの頃から祖母が経営する介護施設の手伝いをしてきた私は「人の役に立つ仕事がしたい。得意な化学や生物の分野で、誰かの助けになるものを開発したい」と考えていました。そこで目に留まったのが神奈川大学理学部の総合理学プログラムです。1~2年次は数学・物理・情報・化学・生物など理学全域を広く学び、3年次で専攻を選ぶプログラム。化学と生物のどちらも学びたいと思っていた私にはうってつけでした。
入学後はさまざまな内容を学びましたが、やはり化学の面白さを追究したい気持ちが強く、化学科を選択し、有機物の生成を研究。当初は、経験を生かし、将来的に医療・薬品系の開発部門で働くことを意識していました。そんな私が、専門外である通信会社のソフトウェア開発に携わることになったきっかけは、岩手県・陸前高田市で行われていた「KU東北ボランティア駅伝」にあります。それは、岩手県の遠野市と陸前高田市を拠点に、東日本大震災に伴うガレキの片付けや復興支援のイベント運営などを、駅伝の襷(たすき)をつなぐように継続的に支援する神奈川大学主催のボランティアプロジェクトでした。親戚が岩手県沿岸部に住んでいたこともあり「自分の通っている大学が岩手県を応援してくれてうれしい。自分もこの活動に参加したい」と思い立って、私は陸前高田市へ出発しました。
私たちボランティア隊が乗ったバスが到着すると、地域の皆さんが手放しで歓迎してくれました。私は初参加でしたが、神奈川大学と書かれたユニフォームを身に着けていると“いつも来る大学のお姉ちゃん”と思うのか、子どもたちも人懐っこく話しかけてきてくれます。「この関係は、震災直後から岩手県で活動してきた先輩メンバーが築いた信頼の賜物だな」と胸が熱くなりました。
私が担当したのは、地域イベント「浜っこ祭り」運営のお手伝いです。地元の方々と一緒に焼鳥の屋台を出し、遊びに来る子どもたちに振る舞いました。人の温かさに触れた数日間。「お手伝いしに行ったのに、逆に私たちが元気をもらっちゃったね」と、友人と話したことを覚えています。地域の皆さんは明るく、滞在中は笑いが絶えませんでしたが、話が震災に及ぶと「あのときは、携帯電話がつながらず、お互いの安否確認ができなくてとても不安だった」と、笑顔がスッと曇ることに心が痛みました。
キャンパスに戻ると、待っていたのは就職活動でした。医療・薬品系だけでなく食品・飲料メーカーまで範囲を広げてエントリー。あっという間に日々は過ぎ、1社目の内々定を獲得したのは3年次の終わりでした。肩の荷が下りた気持ちでいたとき、サークルの先輩にかけられた一言が、私の人生を変えることになりました。「化学科であることに縛られなくてもいいんじゃない? 他の業界も見てみたら?」。 「とにかく内定を取りたい」と、化学の関連業界でひたすら就職活動をしたけれど、思い返せば、本来は「人の役に立つ仕事」がしたかったはず。改めてやりたいことを見つめ直したとき、頭に浮かんだのは陸前高田市で出会った方々の言葉でした。「携帯電話が使えるようになって、家族の無事が確認できたときは、心底ホッとしたよ」。離れていても大切な人とつながっている安心感。これこそが私が支えたかったものではないか。一転、通信業界に志望を変更し、就職活動をやり直すことを決意しました。
情報工学は専門外。そんな私が通信会社の研究開発職を目指すことに壁を感じなかったわけではありません。受講していた就職支援講座で相談すると「即戦力になれるかどうか以上に大切なのは、その仕事に対する熱意」という答えが返ってきました。確かに、多くの面接で化学科から情報分野を目指した理由を問われましたが、正直な理由と志望の熱意を話すと納得してもらえることがほとんど。不利に感じることはありませんでした。